2009年07月04日

ところによりオタマジャクシも降るでしょう

オタマ注意報

2007年製作のニコラス・ケイジ主演映画『NEXT-ネクスト-』は
2分先が見えてしまうという特殊能力を持ったラス・ヴェガスのマジシャンがその才能ゆえにFBIに協力を強制され、それがイヤで逃走するサスペンス・アクションだが、どちらかと言えばアイディアが先行しすぎた感のある怪作の類だ。
ただ見ている間はかなりハラハラドキドキ出来るのでそれほど損した気分にはならない。

ところでこの映画の中でニコラス・ケイジがこんな台詞を喋っている。

「デンマークで昔、魚の雨が降った。
太陽熱で干上がった卵が大気中に吸い上げられ、
大気中の水蒸気で卵がかえり魚の雨が降った。
雲の中で孵化したんだ。
50年前の話サ」

コレが本当のことなら石川県中島町のオタマジャクシが降る話も説明がつくンかしら。よう判らンけど。
中島は能登半島の仏壇見世で知られる中島だと思うんだけど、その能登半島の、入り口付近に当たる石川県羽咋市はUFOで知られた町よね。
こういう話が起きても不思議はない素地が元々ある地域なのかも。

『NEXT-ネクスト-』(2007年)
監督 リー・トンプソン
出演 ニコラス・ケイジ ジュリアン・ムーア ジェシカ・ビール ピーター・フォーク
posted by レドンドの風 at 01:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

King of Pops

マイケル・ジャクソン死す

日本の洋楽ファンはマイケル・ジャクソンがまだ子供だった頃から彼をよく知っている。
ジャクソン家の9人兄妹は全員が音楽ビジネスに就いたが、長男以下5人の男の子だけで組んだ「ジャクソン5」が真っ先に有名になった。
マイケルは5番目で、5歳でステージ・デビュー、12歳でレコード・デビューしている。
初ヒット『帰ってほしいの』は1970年1月の『ビルボード』ナンバー1ヒットだが、僕はコレを文化放送でのバイト中にしばしば耳にした。
続くナンバー1ヒットがそれからわずか3か月後の『ABC』だった。
ジャクソン5はR&B専門レーベルとして知られたモータウン・レコードの所属。先輩歌手ダイアナ・ロスの強力な後押しによる有望グループだと宣伝されていた。
当時、彼らを発掘したのもダイアナ・ロスだと伝えられていたが、彼女自身はのちに否定した。なぜなら、彼女が彼らに目をとめた時、既にモータウン内では次代のスター候補として誰もが彼らの力を認めていたからだった。
事実、『ABC』は日本のポップス番組でものべつ幕なしに掛かっていて、聴けば判る通り、軽快で可愛いいかしたナンバーだ。しかも上手い。
ちなみに『ABC』の前の全米ナンバー1ヒットはサイモンとガーファンクル『明日に架ける橋』、ビートルズの『レット・イット・ビー』である。
まさしく時代を代表するグループの、世代交代の一齣とも言える。
その2ヶ月後、『小さな経験』、そのまた4か月後に『アイル・ビー・ゼア』とデビューから4曲立て続けに全米ナンバー1ヒットとしたが、コレがすべて1970年1年間での出来事なのだからどれほどのブームだったかが判ろうというものだ。
以後、ナンバー1にこそならなかったが彼らは世界中で愛されて、メンバーに男の子1人が増えて、実際には「ジャクソン6」になっていても、誰もとがめ立てする者はいなかった。
ジャクソン5は1975年にモータウンからエピックに移籍して、徐々にチャートの表舞台からは姿を消していったのだが、マイケルだけが頭抜けてきたのは1972年秋。
既にソロに転じていたマイケルは『ゴット・トゥ・ビー・ゼア』『ロッキン・ロビン』『ボクはキミのマスコット』などチャート的にも健闘していたが、人気に火が付いたのは映画『ベン』のテーマだった。
『ベン』は前年にヒットしたネズミ映画『ウィラード』の続編でネズミと病弱な少年の友情話だ。
主人公のダニー少年が傷ついたネズミのベンに優しく歌いかけるのが『「ベン」のテーマ』。
マイケルはこの歌で可愛いジャクソン5のアイドル坊やから堂々たるポップ・スター、マイケル・ジャクソンへと脱皮した。
ただ、マイケル・ジャクソンに関する記憶はこれ以降、僕の中で一旦途絶える。

再び、僕が彼に出会ったのは「プロモーション・ビデオ」、当時、通称で「プロモ」と呼ばれるビデオの中でのことだった。
音楽業界の流れを一変させた伝説の『スリラー』である。
1983年12月、アメリカの音楽専門チャンネルMTVから流れてそのシャープなダンスと練り上げられた映像が世界を魅了した。
翌84年に入ると日本でも芸能番組がこぞって取り上げるほどの騒ぎとなっていた。
僕が運良くコレに触れることになったのはちょうど同じ年の同じ月にテレビに身を投じていたためだ。
構成作家に戻っていた僕に振られたテレビでの第1作目が映画『フラッシュ・ダンス』の影武者ダンサーのドキュメント。
ミュージック・ビデオに多大な影響を与えたとされるこの映画で主役ジェニファー・ビールスのダンス・シーン(他、諸々)を吹き替えたマリーン・ジャハーンが主人公だった。
僕たちスタッフは大評判を呼んでいた『スリラー』はもとより、『今夜はビート・イット』やダイアナ・ロスの『氷の瞳』まで取り寄せて隅々まで見た。
主人公マリーンはマイケルのPVに出ているという噂があったが、その姿は確認できなかった。ただ、マリーンと昵懇のダンサーでドキュメントにも登場するビンセント・パターソンという青年は『氷の瞳』でたしかにダイアナの相手役を務めていた。
「コレオグラファー」という単語もまだ定着しておらず、それが「振付師」を指す言葉だと知ったのも『スリラー』だった。
振付はマイケル・ピータース。演出は当時売れっ子映画監督だったジョン・ランディス。
マイケル・ピータースは舞台版『ドリーム・ガールズ』の振付師でもあって、僕らは『フラッシュ・ダンス』影武者版が評判になったら次は『ドリーム・ガールス』でシカゴの電話交換手からブロードウェイのトップに上り詰めたジェニファー・ホリディを取材する予定になっていた。

余談だが『スリラー』のPVは作品としても圧倒的な高評価を得て、売りビデオとしても記録的なセールスとなったが、曲そのものは全米4位を最高位とするに止まった。
ただし、『ビリー・ジーン』や『今夜はビート・イット』の全米ナンバー1ヒットを含むアルバム『スリラー』が驚異的なヒットとなったのは言うを待たない。

以後はマイケルの動向にさほどの関心はなかったが、『ウイ・アー・ザ・ワールド』『Bad』などの頃は僕自身の仕事的にもまたまだ目が離せず、そのせいで彼の曲はそこそこ知っている。
ディズニーランドでマイケルの3D映画『ムーンウォーカー』も見たよ。
そして、何故か去年10月、入会していたソニーの「CDクラブ」から最後に買った1枚がマイケルのベスト・アルバムなのだった。

なんのトリビアにもならないが僕がお気に入りのブレイク・ルイス君は尊敬するアーチストとして「MJ。マイケル・ジャクソンだよ」と答えている。
文字通り「King of POP」であることを疑う余地はない。

最近、70年代の人気者の訃報が多い。
とても寂しい。合掌。

★Michael Jackson 1958年8月29日〜 2009年6月25日没。 50歳。
posted by レドンドの風 at 23:45| Comment(1) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

合掌 ファラ・フォーセット

『ミッション・インポッシブル』『チャーリーズ・エンジェル』『スター・トレック』『ローン・レンジャー』『それ行けスマート』『奥様は魔女』などアメリカでは往年のテレビ・シリーズの映画化が盛んですが、初代「チャーリーズ・エンジェル」で「第2のマリリン・モンロー」と騒がれたのがファラ・フォーセットでした。
テキサス大学在学中、ミス・カレッジ・コンテストに優勝して、ハリウッドに招かれ、歯磨きのCMで有名になりました。
1976年、『チャーリーズ・エンジェル』で人気が爆発して売れたポスターがなんと6,000万枚。一躍、世界的な人気者になりましたが、映画スターへの転身は上手く行きませんでした。
8分の1がネイティヴ・アメリカン、というやや褐色の肌に、セールス・ポイントのちょっと大きめの口から覗く真っ白な歯。ところがどんな役を演じても華やかすぎて目立つのは白い歯ばかり。ポスター人気だけで終わってしまい、テレビに戻ってしまいました。
「芸能人は歯が命」。でも、彼女の場合はその美しい歯が映画では命取りになってしまいました。

【MEMO】
★ファラ・フォーセット Farrah Fawcett
1947年2月2日生まれ(46年、48年説もある)〜2009年6月25日没(62歳)。
★僕らが彼女を認識した当時の芸名は「ファラ・フォーセット・メジャーズ」。テレビ『600万ドルの男』の人気スター、リー・メジャーズの妻だった。
★僕が初めてアメリカに行った77年、ファラ・フォーセット(F・Fなどとも呼ばれた)はブームの渦中にいて、伝説のポスターはいたる所で売られていた。実は僕も一枚買ったが一度も壁に貼ることはなかった。新婚さんだったのでネ。
★70年『あの愛をふたたび』でデビュー。76年、テレビの『チャーリーズ・エンジェル』で当てて、78年『シャレード'79』で本格的に映画界へ転身。
★ヒットが出ず、80年代以降はテレビに戻って活躍。2004年まで途切れずに出演作があって、テレビでは相変わらずの人気者だった。
★近年は『堕ちた弁護士ニック・フォーリン』などにゲスト出演していて、妙に下っ膨れになってしまった美貌が気になった。
往年を知る者なら「彼女に一体何があったんだ」と思ったはず。
★2006年、肛門癌に罹り、その転移から6月25日没した。
死の三日前、長い交際の末、『ある愛の詩』で知られたライアン・オニールからの求愛を受け入れた、と伝えられたばかりだった。
★その名を知られるきっかけになった歯磨きは「ウルトラブライト」。
★「芸能人は歯が命」は東幹久、高岡早紀コンビのCMで有名なキャッチ・コピーだが、ファラの歯の方が目立ってるかも。肌色との兼ね合いかもネ。
posted by レドンドの風 at 08:44| Comment(2) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

お訪ね下さった皆さんへ

このブログはなんで話し言葉なんだ? というメールがありました。

答えは、音声認識ソフトで書いているからです。
喋った言葉を文字にしてくれるソフトで、何年か前から使っています。

年齢から来るモノなのか、仕事をし過ぎてきたセイなのか、日によっては指先が痛くてキーを叩けないことがあります。
で、音声認識ソフトを使うようになりました。
マイクに向かって喋っているので、仕事柄、つい話し言葉になってしまいます。
僕の仕事仲間はナレーション原稿をコレで書いている人もいるので、僕も書き言葉で喋ればいい訳なんだけど、マイクに向かうと話しかけてしまうのは、もう職業病かもしれません。

厄介なのは梅雨が近くなると僕の頭は働きが鈍くなります。
瞼が思わず落ちてきてしまい、眠くて仕方ありません。
で、同じことを何度か喋ってしまいます。
非道い言葉遣いをしてる日もあります。
楽をしたいのが基本なので、文字になっちゃったモノはなるべく直さないことにしてるんですが、あまりにも同じことを喋っちゃってる日は直さざるを得ません。
音声からの変換なので誤変換もずいぶんあります。
書いちゃった方が早いジャン、って時もあるんですが、書きたくない、キーを叩きたくない、という理由で喋っています。
話があちこちに行ってしまう日があるのはそういう理由です。

今日なんかは『アメリカン・アイドル シーズン8』のグランド・ファイナルの後なので僕の本サイトの数倍のアクセスがあるのでビビッてます。
僕の話しかけ方に慣れていない方には、ナンジャコイツハ、と思われるかもしれませんネ。
ま、これからは「本ブログは音声認識ソフトで書いています」なんて毎回但し書きをつけておいた方が良いのかもしれませんね。
考えておきます。
posted by レドンドの風 at 18:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クリス・アレン優勝 『アメリカン・アイドル シーズン8』

またまた、猛省せよ、サイモン・コーウェル

クリス優勝が告げられた時、サイモンが呆然としたのが印象的だったね。
他の審査員が拍手してる時はもはや結果に呆れて役目を投げてる感じすらした。
今シーズンもコンテスタントへのサイモンのリスペクトの無さがこうして随所に露呈した。
君はまだアダムのプロデューサーではなく、テレビに映っているのは審査員としてなのだから、その役目は全うしなきゃネ。

日本でも業界人がこの番組の噂をする時、必ず槍玉に挙がるのがサイモンの審査員としての資質だけど、彼は全米の自分に対する評価がどうも本当に判ってないように見える。
日本では「男」と「ゲイの業界人」はサイモン嫌い。「女」と「ゲイの一般人」は好きだね。
どうもその色分けは現実に「あると思います!」。
細かいところを突ついてくる人もいるんで書いておくんだけど、「ホモ」も「レズ」も「ゲイ」と僕は呼んでる。世界的な常識だけど。
僕の資質はゲイ的だと思ってたけどサイモンに関しては当てはまらない。「業界人」だから当然、と言われそうだが…。
彼は審査評を通してパワーハラスメントを行っている感じで、僕はどうもダメなんで業界の一般的な感想とも違っちゃってるかもしれない。
彼は自分の勝たせたいコンテスタントの対抗馬を早い段階から潰そうとしたり、対抗馬のパフォーマンスの出来が良いと、カリスマ性の有る無しなどを持ち出したり、「元々1位になる力は持っていなかった」などと言い出す。
なら、予選段階で落としておけ。

だが、サイモンに気に入られて過剰に褒めちぎられた瞬間、そのコンテスタントは大きなハンデを負う。
それに気づいた審査員たちは今シーズンのファイナルではなるべくどちらかに偏らない評を心がけ、サイモンも珍しく公正な評を述べたが、既に遅きに失した感があった。
アダムがサイモンの選曲で歌う際、『コレは俺がU2 のボノに直接電話して君が歌えるよう許可を取ったんだ』なんて言っちゃったらもうダメでしょ。
そんなのは審査員の仕事じゃなくて番組プロデューサーの仕事だからね。
君が一介の審査員に過ぎないなんて今や誰も信じてないし、全米第2位の年間契約金を誇るブロデューサーだって事は一昨年から知られてる。
で、それがレコード、のなのか、テレビの、なのかなんて事はどうでも良いんだけど、番組内でも隠然たる力を持っていることだけは判ったよ。というかボノへの電話の話で語るに落ちた感さえある。
でも、その君がアダムに肩入れした瞬間からアダムはもう優勝できないんですって。
勝負はどう見てもアダムが3ポイント総取りだったけど、全米の気分はもうその前にクリスに傾いてた。
優勝した本人に『本当の優勝者はアダムだよ』なんて言わせるなよ。
可哀想で涙が出たよ。
僕は最初からクリスをベスト3と読み、まあ、行って2位、が順当なところだったんだけど、今や君の審査評が売りになっている妙な現状から見れば投票行動を起こす視聴者の半分は君を「好き」、半分は「嫌い」な人たちが居ると読まなければならない。
で、クリス優勝を先週予想したけど、こんな予想通りなんじゃ全くクソ面白くない。
たとえば、ファイナリスト双方の力が全くの互角だったとしても君への反対票が一方に流れる。
前シーズンでも準優勝者がパフォーマンスとしては実は圧勝。今回も同じだったが投票結果はそれとは逆になった。
サイモン、二年連続と言うより、日本で放送が始まった4年前から君が間違いを冒していることは毎シーズン証明されているのになんで今更茫然として見せたの。おかしいよ。
おそらくその審査員評は僕らが知り始めた4年前からではなく、放送開始の時から、と言うべきなんだろうからサ。
君が来シーズン、本選の最初から今シーズンのファイナルのような審査評を述べない限り、次も同じことが間違いなく起きる。
こんなのは誰にとっても楽しくない。

不思議なのは君は過去にベタ褒めしたメリンダやラキーシャをプロデュースしてやってないじゃない?
そんなにお気に入りだったらインディーズからのデビューなんかでなく、君が契約しているというBMGレーベルからデビューさせてやれば良かったじゃない。
特に君がファイナリストを宣言したために3位に沈んだとしか考えられないメリンダくらいはプロデュースしても良かったんじゃないの?
デビューに5億かけたってツアー出演決定者全員をデビューさせられるジャン。
その内の何人かは君が使ったお金くらい稼ぎ出してくれると思うけどなぁ。
それが出来ないならお先っ走りのファイナリスト予測なんて優秀なコンテスタントには迷惑なだけだと思うけど…。

僕には結局、最初から手もかけずに売れるアイドルしか探してないのが君の審査評にハッキリ見えてしまう。
前シーズンのデビッド・アーチュレッタも、今年のアダム・ランバートも最初から死角が全くないんだもの。オーディションに来た段階からどう見てもプロの実力だ。
唯一の死角は君が普通に褒めれば良いところを他のコンテスタントと差別化させるために過剰に褒めちぎることだった。
視聴者はそれをもう見抜いてしまっていて、君が気に入っていない方に投票してきた。
視聴者もそんなに意固地にならずに、投票しない事を選択しさえすればおのずと正しい結果が得られるはずなんだけどねぇ。

「まったく手のかからないタレント」と呼ばれるのでイイ気になって台本や時には取材や録音取材まで一人でやってた僕が恨みも籠めて言うよ。
誰かの手が加わらないって事は自分の好きにやれると言うことでもあって、自分が絶好調の時はそれが一番やりやすい。
でも、不調時にも助けはないからダメになるヤツはそこでダメになる。
本当を言えばサァ、俺にはなんであの頃、縋るべき腕の良いプロデューサーが見つからなかったんだろう、って今になって思うことが時々あるわけヨ。
それを踏まえて言うなら、自分たちがちょっとした手を入れてやって面白いスターを生み出すのがブロデュースの(すなわちプロデューサーの)醍醐味だよ。
コレまで君が送り出した『アメリカン・アイドル』出身以外の一発屋さんたちを想い出すと、君は見つけてきただけで、原石段階の才能だけで手をかけずに売ってる感じがやっぱり強くする。
2〜3発目で売れる素材こそ本物のスターだ、という定石からすると、まあ、一発でも当たれば大したモノ、とは言えるけど、契約金に見合うほどの仕事ぶりじゃない。契約金の額を妬んでも仕方がないけどサ。
その仕事の仕方からすると、一人一人は消耗品にして、次々に新しいタマを打てばいい、というやり方に見える。
まあ、そういうビジネスの仕方はあるとは思うけど。こんな情緒的な仕事をそんなに乾いた感性でやられてもナ、って気も僕にはするヨ。

ま、今シーズンも読み通りに運んじゃったけど、僕は満足じゃない。思いとはちょっと違う。
クリスは上手にプロデュースしてやれば本当にイイ歌手になる。
アダムは誰でも手を挙げたい素材だろうけど、ウーン、デビューCDは買ってやるだろうか?
ちょっと今のところ判ンない。
まあ、シーズン5はドートリー、ヤミン、エース、バッキーのデビューCDは買った。
お気に入りのシーズン6以降は全員のデビューを祝うことにしている。
こんなに楽しませてくれた連中になんかお返ししなくちゃ、という気分か。
特にブレイクに関しては彼が課題で歌ったアーチストのモノもほとんど買っているので、CD棚がエライ事になってる感じも。
ファイナリストたちの抜粋版DVDも買ったけど、コレは当然リージョン違いなのでDVDドライブが「もうリージョン変更は出来ません」とか言うメッセージを発していてドライブを買い換えなくてはならないようだ。
なんでこんなに嵌っちゃったかねぇ。幸せなのでそれでもいいんだけど…。

あ、今年から急に『アメリカン・アイドル』が日本でも広く認知され始めたらしく、このページに辿り着く人の検索ワードにもコンテスタントの個人名が増えている。
去年は個人名はこんなにはなかった。
番組終了時から突然アクセス数が増えるようなんだけど、僕は速報屋さんではないので…。
この番組については僕は素人ではない分、逆にベタベタな感情論だけで押し切って書いてみようと思っているので、この番組の純粋なファンのお口にはあまり合わないかもしれません。ゴメンね。
情報も正しくないしね。
何故かというとこの番組の放送中は投票結果がわかってしまう危険性があるので、ネット上で一切の検索をしないことにしてる。
記憶だけで書いている上、最近は年齢的なモノから来る記憶違いも多分、多々ある。
なので音楽的な情報はまだそんなに間違いはないと思うけど、安全ではないので参考にしないでね。
特に台本屋さんはね。

まあー、終わってみればまたサイモン猛省せよ、といういつも通りの変わり映えしない話になっちゃうんだけど、なら、見なきゃいいジャン、と言われそうなのでこの辺でチャック!(古!)
来週からまた寂しくなるネ。
posted by レドンドの風 at 03:19| Comment(1) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

「猫が嫌がる匂い」の真贋

I Love My Dog by Cat Stevens. me too!

我が家の隣の家に猫が数匹いる。
元々は野良ちゃんで育ちはなかなかワイルドだ。
家の外で仕事をしている時、僕の足下を平然とすり抜けて行ったりするのは日常茶飯。わが家の玄関を通り道にしている感さえある。
当然、磨いたばかりのエントランスにペタペタと泥足で跡を付けて行ったりもしてくれる。
まあ、ここまでは田舎暮らしを始めた時から想定済みなのだが、扉を開けた瞬間に家の中に駆け込もうのするのには辟易とする。
たとえば彼らが家の中に入ってしまったとする。逃げ出しやすいように扉を開けておいて彼らを追いかけたとする。
多分、彼らは正面の玄関から出て行ってはくれない。
二階に駆け上り、どこか開いている窓を探す。
開いていればそこから外に飛び出す、というか飛び降りる。
または僕に跳びかかって驚かせ、一気に駆け降りて玄関から出たあと、なに食わぬ顔で自分の飼い主の元に戻り、翌日同じことを繰り返す。
迷惑だ。おまけに家の周り中がションベン臭いし。
飛び降りられて怪我されるのもイヤだ。
とにかくヤだ。
憎んでいるほどではないが彼らになるべく我が家の敷地内に立ち入っていただきたくない。

ある友人にそんな話をしたら、引っ越し祝いにと、ある日、「猫が嫌がる匂い袋」を持ってきてくれた。
すぐにその袋を敷地の四隅と彼らの通り道に置いてみた。
たしかに効き目のありそうな強烈で嫌な臭いだ。
ただ、強烈すぎる。
猫より前に僕自身がダウンしてしまいそうなすごい臭いなのだ。
バルサンの煙のまっただ中で、バルサンより癖のある匂いを嗅いでる感じだ。

数時間経ったろうか? なんだかエントランスがにぎやかになった。
何匹かの猫が集まって、自分の毛並を舌で整え始めた。
股ぐらを舐めてる奴もいる。
匂いがなにがしかの効果を顕し始めたのはたしかだった。
ところが…。

猫たちは以来、匂い袋のそばにやってきては毛づくろいをしたり、緩慢な動きで、どうも陶然としている気配さえ感じられるのだ。
どうやら、「匂い袋」は「マタタビ効果」を発揮し始めてしまったらしい。
これには困ったと云うより笑っちゃったね。

エントランスでは今日も朝から猫が日向ぼっこしてる。
家主である僕が出ようが入ろうが一切お構いなく、どいてくれる気配もない。
匂い袋は数日間、猫を喜ばせただけでなく、むしろ玄関に集まる習慣をつけさせてしまったようだ。
家主の僕が決して怒ったり、追い払ったりする人間でないことにも気づいてしまったようだし。
本当は、猫、好きじゃないんだけどねぇ。

サザエさんのようにオサカナクワエタドラネコを追いかけられない僕がバカなんだけどサ。
posted by レドンドの風 at 17:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

僕的には外れてる予想〜『アメリカン・アイドル シーズン8』

今シーズンはどうも予想通りの展開になってしまった。
ファイナリストはクリス・アレンとアダム・ランバート。
しかもクリスが1抜けした。
僕が今シーズン大きく予想を外すとしたらクリスが優勝してしまうことなのだが、どうも現実になりそうだ。
何シーズンも前から(正しくはこの番組を見始めた第5シーズンから)書いているように僕は1位になる人にあまり気が行かない。
ほとんどのケースで2位か4位になる人に目も耳も持って行かれてしまう。
で、本選に入った辺りから今シーズンの2位、もしくは4位、と読んでいたのがクリス・アレンだった。
少なくとも1位は無いように思っていたのだが、どうも今シーズンばかりは1位を引き当ててしまった気がする。
クリスのこの数週間での伸び具合はただごとでなく、このままゴールに駆け込んでしまう勢いだ。
今日ゲストで登場したジョーダン・スパークスのケースがまったくコレだった。
本人がそれに気づいていなさそうなところがクリスの、もしくはかつてのジョーダンの良いところな訳だが…。
逆に毎シーズン、最後の最後で失敗を繰り返しているサイモンが(サイモンばかりでなく今シーズンはポーラまでもが)メリンダ、アーチュレッタの予想外の敗退に懲りず同じ轍をまた踏もうとしている。
もっと冷静に審査してやれんかのう。
ここまで頑張ってきた若い競技者たちが可哀想で仕方ない。
審査員への反感票で優勝しても箔が付かないよ、って先シーズンも書いたけど、クリスがそんな票のおかげでアダムに勝つようなことが起きないことを祈りたい。
ダニーが3位に沈んだのも、結局、早い時点から審査員がアダム1位、ダニー2位、と決めてかかっていた事への視聴者の反感が原因だと僕は思う。
第6シーズンで指摘していたことが今でもそのまま当てはまる審査評にはちょっと明るい光が見えてこない。
今シーズン、さまざまにシステムの梃子入れをして、サイモン・ルールに変えたことはなんかこの番組が末期的な方向に向かっているようなしるしなのではないか…。
『アイドル・キヴズ・バック』のスペシャル番組も中止にしてるし、TOP3の3曲披露も2曲だけの争いになって1曲目の失敗の挽回が難しくなっている。当然放送時間も短縮されていて、シーズン全体が縮小傾向なのはアメリカを覆う不景気と無縁ではないだろうがそればかりではない後退傾向が垣間見えるのが寂しい。
司会者ライアン・シークレストも何週間か前まで的外れなインタビューが多くて冴えがなかった。
やっぱり、シーズン開始前に何かあったのか、と疑念が湧く。
歌唱的には聞き応え、見応え十分なシーズンだったのに僕の予想は最後の最後で大外れとなり、お気に入りのクリス・アレンの優勝で幕となるのかもしれない。
2位でないとダメなんだがナ、僕的お気に入りは。
でも、これくらい番組全体に狂いが生じてると僕の予想に狂いが出るのも仕方がないのかな。
予想通りに運んでるんだけど、僕的にはこの流れは違う、と言い換えるべきか…。
うーむ、ちょっと複雑だ。
posted by レドンドの風 at 14:57| Comment(1) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

いよいよファイナル〜『アメリカン・アイドル シーズン8』

Top 3の闘いは見応えがあったが「ダディ」ダニー・ゴーキーの1曲目にコクが無くて、これが大きく投票を左右するのかな?
1番最初に登場する競技者は注目度が高い分、割を食い易い。
まあ、こんな事言っててもアメリカでは多分先週優勝者が決まっているはずで、3週遅れの日本での観戦予想はちょっと虚しい気がしないでもないけど。
でも、今シーズンもFOX-TVからのメールを遂に一度も開けずにここまで頑張ってみてきたので、書くだけは書いておこう。

ダニー・ゴーキーは父っつぁんキャラという華の無さを除けば不安要素の全くない競技者だった。
歌唱力のコンテストなら申し分がない。
ところが、歌唱力の他にアイドル的要素も求められるセミ・ファイナルまで来て、17歳の天才少女、アリソンと最下位争いを演じてしまった。
華の無い同士の争いで、この印象はあまり得じゃない。
結果はTOP 3に勝ち残ったが、なんか今週は彼に良い風は吹いていなかったような気がする。

先週「フレッシュ」クリス・アレンが一位勝ち抜けした印象はかなり大きく、「デーモン」アダム・ランバートの怖いライバルへと成長してしまった感じだ。
彼の周りにはアイドル選びにふさわしい爽やかな風が吹いている。
審査員たちのアダムへの過剰な褒め言葉とサイモンのゾッコンぶりが投票にどう影響するかがファイナルでの最大の見所か?
クリスの『ハートレス』を聴いていたらアダムとの逆転もあるのではないかという気がしてきた。
アダムのどれを聴いても原曲が思い出せない崩し様は「アレンジ」の限界を越えていてちょっと僕には不快。
ところが審査員は絶賛で、なんとなくメリンダ・ドゥーリットルが3位に沈んだ第6シーズンのイヤな感触を思いだした。
ファイナリストを選び出す段階なのに審査員が全員アダム優勝を宣言し出すなんてどうかしている。
下手するとアダムの3位ってのもあるんじゃないかと思えたほどで、なんとかダニーの1曲目の不出来に救われた感じか?

ところでイギリス本国でサイモンが審査員を務めるもう一つのタレント・スカウト番組がこの何週間か日本のニュースも賑わせた。
この番組がサイモンがアメリカに売り込んで『アメリカン・アイドル』の元になったモノなのかどうかは知らないけど、48歳だっけ? コンテスタントのスーザン・ボイルさんが評判だった。
最初に話を聞いたのは4/26日、僕のサイトのOFF会の二次会で僕はその時スーザンさんの「ス」の字も知らなかった。
その直後に日本のニュースにも乗るようになって一見、世界中が知ってるが如くに報じられ始めたので笑っちゃった。

スーザン・ボイルさんには確かに驚きはするけど、どうだろう、彼女がプロの歌い手になった時、CDまで買うかなぁ、と考えたら答えはNo.だった。
アマチュアとしてみているのは面白いんだろうけど、準決勝での『メモリー』、どうですか?
前半はヒヤヒヤモノの出来で後半にグッと力を発揮したけど、サラ・ブライトマンはこんな低いレベルじゃないでしょ?って出来だった。
サイモンはアメリカでは決して見せない大甘な採点と和やかさが印象的だったけど、あれがアメリカでの番組だったらもっとケチョンケチョンにけなしてるんじゃないかなぁ。
決勝では2位に落ち着いたそうだけど、1位になるより好結果かもしれませんね。
優勝しちゃったら反感買って逆効果だったかもしれないなあ、と思った。

ところで『アメリカン・ダンスアイドル シーズン4』はどうなってるんでしょうねぇ。
『アメリカン・アイドル』のプロデューサーも兼任していたナイジェル・リスゴーの名が今シーズンは消えていたのでFOX-TVとの間に何かあったのか心配してたんだけど、『アメリカン・アイドル』のないこの夏にまた放送してくれることを切望しています。

『ER』第8シーズン。
マーク・グリーン先生が亡くなった。
演じるアンソニー・エドワードは『ER』以前から映画で良い役がついていたような記憶があるけど、見終わると出ているのを忘れてしまう俳優だった。
でも、グリーン先生のクリーンな存在感はいつまでも心に残った。
何年か前から映画で重要な脇役が増えていたから、うんと遅れて第1話から見始めた僕もそろそろお別れの時季が近くなっているんだろうなぁとは覚悟していたんだけど…。
まあ、BSではまもなくファイナルとなるシーズン13が始まるらしい。
リーダー格がカーター先生からコバッチュ先生に代わるという。
視聴環境は前から整っているんだけど、第1話からでないと、とかたくなに先を急がないようにしてたので、多分、見ない。3〜4年後だろうなあ、シーズン13に行き着くのは。

『ER』の人たちのグリーン先生への思い、悼み方に胸を突かれた。
一緒に泣いていた。
現在、僕にも同じ症状に苦しむ高校時代からの友達がいるので、ドラマで泣いている場合ではないのだがネェ。
泣いてしまうことで楽になろうとしている自分がいることにも気づいてはいるんだが…。

『リスナー〜心を読む青い瞳』
日本語タイトルを募集していたがこういうタイトルに決まったらしい。
『リスナー』が聴くのは他人の心の声。
タイトルはそこを上手に伝えた。
「アメリカより早い放送」とは何のことかと思ったら多分、カナダ製のドラマだからか。
出演者名のスペルにヨーロッパ系の無音になるアルファベットが入っているので、何となくそう想像してみたけど、本当のところは判らない。
「アメリカより早い放送」
ウーン、アメリカにはもう売れているけど日本の方が放送は早い、ということなのか、それともアメリカには売れてないのか、その辺もちょっと判らない。
あ、知ってても教えてくれなくてイイです。
最近はなるべく調べないようにして、必要なことは自然に目の前に表れる、と思うことにしていますので。

最近、ブレイク・ルイスがファイナルで歌った『When I Get Alone』のオリジナル歌手Robbin Thickとラテンの課題の時に歌った『I Need to Know』のオリジナル歌手Marc Anthonyに聞き惚れている。
ロビン・シックはちょっと不健康な病気っぽい歌唱でなんだか虜になっている。
マーク・アンソニーはジェニファー・ロペスの旦那で声の艶にセクシーが混じっていてこっちも癖になる。
ちなみに第6シーズン第4位のラキーシャ・ジョーンズもアルバム・デビューした。
番組ではシャーリー・バッシー調の力一杯の歌唱が辛かったが、アルバムはそれほど絶叫満載でもない。
そこが少し印象を薄めているかも。
posted by レドンドの風 at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

海外テレビ番組の季節

『アメリカン・アイドル』『STYLISTA』『24』『ゴシップガール』など

今シーズンの『アメリカン・アイドル』は遂にTOP 5まで絞られてきた。
前々週8人から7人に絞られる段階で審査員初のレスキューカードが使われてピアノマン・マットが脱落から救われた。

この番組は基本的に視聴者投票に結果をゆだねるのを売りにしていたのだが、実は番組側の思惑通りの投票結果が得られていないのだと思う。
今シーズンからルールがいくつか変わって、主導権を番組側が握ろうという意図がありありと見える。

ひとつは「ベスト24」からの本選スタートを止めて36人からのスタートにした。
36人を12ずつ3グループに分け、まず各グループからTop1を選び、他に男女のTop1を1人ずつ、計9人のファイナリストに絞り込む。

この9人に惜しくも選から漏れてしまった3人を加えてTop12からファイナル戦をスタートさせる方式に変更した。
この作業に携わるのは審査員だけなので24人から視聴者投票で決め始めるより、はるかに審査員好みの人選が可能になる。
つまり、そこそこ上手いが絶賛するほどではない競技者をまず最初に切り捨ててしまった訳だ。

これは製作側にとっては好都合だろうが番組的にはどうだろう?

結果はテレビ桟敷で自分も審査員になったつもりで番組を見る視聴者の楽しみを大幅に削いだ。
ファイナリストとしてはその他大勢にカウントされてしまう「今一歩」の歌自慢たちを見ながら優勝者の予想をして行く楽しみが奪われた上、Top 12の情報が薄すぎるので肩入れしにくいのだ。
今シーズンでいえばTop 12選出時までクリス・アレンという青年は登場回数が少ない。
どういう「手」で本番に臨む競技者なのか見当がつかない。
我々は予備知識のないまま彼のパフォーマンスに接することになった。

音楽ビジネスに有用な歌手を獲得するにはこれまでのまだるっこしい24人からの視聴者投票より、この方がずっと有能なアイドル候補生を集められると制作側は踏んだ。
まあ、その目論見に別に異論がある訳ではないが、ちなみに今シーズンは12人に絞りきることが出来ず、結局13人からのスタートとなってシステムの不徹底がちょっと窺われた。
これまでのやり方ならこの不自然はあり得ないはずだったので、なんだか音楽ビジネス優先政策が透け透けで僕はちょっと鼻白んだ。

さて、今シーズン新しく設けられたルールがシーズンを通して1回だけ使えるレスキューカード。
視聴者投票では最下位になってしまったがあまりに勿体ない人材なので審査員による救済措置を設けたわけで、ビジネス優先見え見えポイントなのだが、前々週初めて使われて、ピアノマン・マットが脱落を免れた。
ただ、このレスキュー・カードを使った翌週は1週に2人脱落するので、7人から一挙に5人になってしまった訳で、予想通り、決め球のないキュートな黒人リル・ラウンズと上手いがそれ以上の技がないインド系大学院生アヌープ・デサイが消えた。

まあ、視聴者投票に頼るのを止めて審査員の権限を強くしようというこのルール改正は、ハッキリ言うと「サイモンの思い通りに番組が進まない」という苛立ちから生まれたもののように見える。
つまり、サイモンが早く番組から消し去ろうとした競技者がなぜか視聴者投票で生き残ってしまい、予期せぬ者が勝ち残ってしまうことがままある。
第5シーズンのエリオット・ヤミンの3位進出、第6シーズンファイナルでのメリンダとジョーダンの地位逆転、第7シーズンのサイーシャ・マルカドのファイナル進出とアーチュレッタVSクックの逆転などなどなど。
おそらくサイモンはこれが許せず、強硬に新ルールの設置を提案したのだと思うが、ルールなんか新しくしなくても簡単な解決策が実はある。
それはサイモンが自分が落としたくて仕方ない競技者に「これでもか」というほどの手酷い審査員評を述べなければよいだけのことだ。
「君にはカリスマ性がないからいくら勝ち進んでも優勝を争えない」などという評は彼の私見にしか過ぎず、視聴者投票なんて実は無意味なんだと言ってることになる。
だってファイナリストになる者はそのシーズンの誰と比べたって格段に力の違いがあるもので、そんなことはサイモンにわざわざ言われなくっても視聴者の誰もが感じることだもの。つまり、シーズン途中では視聴者投票はさまざまに揺れ動くけど、ファイナリスト2人に絞る時にはおおむね正しい人選をする。
政治家選びとは違う、この辺がこの種の番組の公明正大な部分といえる。
このとき、視聴者の目を曇らせてしまうのがサイモンの独りよがりな評なのだ。
彼がベタ褒めし過ぎた競技者には危機が訪れ、サイモンが辛口を超えた人間性まで否定しているかのような評をすると、どう見てもワーストのパフォーマンスだったのに勝ち残ってしまう現象が起きてくる。
押しつけを嫌がる。そこがアメリカのまだ健全な部分だ。

サイモンの辛口評がこの番組の売り物のひとつなのは確かだが、実は「辛口」を超えて「暴言」に近いことに視聴者は既に気づいている。
サイモンは「自分が企画者なのだから自分の考えは何よりもまず優先されるべきだ」と考えているかに見える。
イギリス人らしい傲慢さだなぁ、と僕なんかは思う。
この人の略歴はそのドキュメントですら実像が見えない。
メディア的には謎だらけでよく判らない。まあ、判らなくっても構やしないんだけど。
何となく彼が下す審査評を通して判るのは僕ら日本人よりアメリカのエンタテインメントに揉まれていないということだ。
限度を知らないし、番組を面白くする努力が欠けているもの。
そこが巧まずして嫌われキャラにつながって、番組高視聴率の底支えになっているのが面白いところなんだが…。
つまりタレンティッドには恵まれている。ルックスも悪くはないし…。

だが、番組の大当たりで素質のある者を連れてきてはスター歌手にさせられる立場には就いたけれど、音楽プロデューサーとしての知識や感性はあまり豊かでないと思う。
つまり、彼は原石から磨き上げてスターの輝きを放つ歌い手は作れない。
イライザをフェア・レデイに仕立てたドゥーリットル教授の力はない。
最初っからカリスマ性豊かな、誰が見たってスターにしかなりようがない素材にしか手が出せない、僕に言わせりゃ「ツマンナイ」名ばかりの一流プロデューサーだ。
ま、こういう人は日本の業界にも何人もいる(いた)けどサ。

たとえばピアノマン・マットを何週も経ってから「君はマイケル・ブーブレを彷彿させるが」なんて言うのがその証左で、多くの視聴者は一目見た瞬間にブーブレを連想してるはずだ。
サイモンの気づき方は遅すぎる。気づいていたけど言うのが遅すぎた、ということもあるかもしれないけど、視聴者に「今更言うなヨ」と思われちゃ意味無いだろ?
視聴者は彼が言う前から「ブーブレと比べてどうかな」と思いながら投票していたに違いないんだし。

それからマットにこんなことも言ったな。
「君は勝つことに必死でちょっと見苦しい」…。
でもサァ、サイモン。
絶賛されたパフォーマンスでBottomに入っちゃったら必死にならざるを得ないのと違うかい?
僕は絶好調のパフォーマンスなのにマットがBottom 3に入っちゃった時、これが彼のトラウマにならなきゃ良いがなあ、と願ったよ。
サイモンは審査評でそういうことを言ってやるべきなんだ。
「だから必死になってしまうんだと思うけど」と言った後にいつも言ってる意地悪を加えれば良いんだ。簡単だろう? ルールなんか変えなくても高視聴率変えなくて済むジャン。

同時に僕はこうも思ったヨ。
「今年の投票者は案外センスが無えぞ」

投票に夢中になる人たちは毎年世代交代して行くはずで、視聴習慣は変わらなくても、投票習慣は一年夢中になると翌年はかなり冷めていたりするモノだ。
投票行動に出るほどの熱中期はそんなに何シーズンも続かない。
昨シーズンの投票者が今年の投票者と丸々Wっているワケではないと思う。

さあ、今週、過酷なTop 5の闘いが始まった。
5人への課題は「ラット・パックを歌う」。
フランク・シナトラとその仲間たちを総称する時、この言葉を使う。
そのままのタイトルのテレビ・ムービーもあって、誰がどうシナトラと関係を作り、シナトラがどうケネディに擦り寄ろうとしたかがよく描かれていた。
まあ、『オーシャンと11人の仲間』に出た連中、といえば判りは早いんだけれど、シナトラとディーン・マーチン、サミー・デイビス・ジュニアたちの歌が選べる訳だからかなり自由な課題だ。
これは大学でもジャズを習ったというピアノマン・マットに最も有利な課題だったはずだが…。
彼は僕の願いとはどんどん真逆に行っちゃってる。
ンーン、この青年は本当に選曲が下手だねえ、いつもいつも。
『マイ・ファニイ・ヴァレンタイン』だとヨ。
そんな名曲に取り組んでどうするつもり?

ふと、第6シーズンファイナリストの、というより、僕が今でも最も気に入っているブレイク・ルイスを思いだしたよ。
彼ならどうしただろうってネ。
サミー・デイビスの『マック・ザ・ナイフ』か『ミスター・ボージャングルス』あるいは『キャンディ・マン』あたりを選んだんじゃないかなァ。
サミーがタップを踏む部分をブレイクお得意のビート・ボックスに代えて、見事なパフォーマンスで圧倒的な得点稼ぎに出るのではないかな、なんてね。
それがマット、『マイ・ファニイ・ヴァレンタイン』かよォ。
これじゃイイ評価だったとしても「勝ち」につながらないだろうヨォ。
最下位のスレスレ票にあえいでる君はよっぽど大勝負に打って出ないと勝ち残れないんだぜ。勝負しろよ、勝負をヨォ。
ブレイクが『禁じられた愛』を創唱者のボン・ジョビすら嫌がった特別賞モノのアレンジで勝ちに出たのも6人から4人に絞られる回だった。
Top 4進出という栄誉はそういう大きな勝負に勝ち抜いた者だけに与えられるご褒美なんだ。

僕の贔屓のマット・ジロードは残念ながら本日敗退するだろう。
パフォーマンスはほぼ満点なのに視聴者の人気が低い16歳(放送の前日17歳になったそうだ)の天才少女アリソンが更に視聴者に嫌われてしまっていれば話は別だが、そうして残ったところでマットは来週には消える。
スター性ってのはそういうモノだ。
決めなくてはならない勘所を上手く押さえて勝負に出て、確実に勝ちを決められる者が真のスターだ。

課題「ラット・パックを歌う」は全員にあの時代のスゥイング感が全くなく期待はずれのパフォーマンスが続き、当然のことだが、洒落っ気も粋も見えないまま終わった。
ちなみに審査員たちの評も右へ左へと揺れすぎている。
名曲は崩すべきではない、とあれほど言いながら、昨シーズンのアーチュレッタや今シーズンのアダムは野放しだ。
つまりどの審査員も昨シーズンは最初からアーチュレッタを、今シーズンはアダムをトップと読んでいるからに相違ない。
二人が何故か共に、本選に入ってすぐに披露した『イマジン』の崩しようはどうだ。
『イマジン』をオペラにしちゃってどうすんだ、って話だと僕は思う。
僕がブレイク・ルイスを極めて良質な歌手だと思うのは、優れた歌はちゃんと歌えば心に届くことを知っていたからだ。
遊んでも良い『ユー・キープ・ミー・ハンギング・オン』を遊び倒し、聴かせればいい『イマジン』を真摯に歌いきった点だ。
不思議なのは大不評を買ったこの2曲の審査評でサイモンは『ユー・キープ・ミー・ハンギング・オン』大クサシした後、「でも君は勝ち残ると思うね」、『イマジン』の後でも「歌が平板」と評した後に「でも誠実さは俺の心に届いたので君を認めてるよ」とキチンとブレイクが残れるようなオマケをつけている。
マットにそれをしていないのは彼の敗退を惜しいと思っていないのだと判ってしまうところがヤなんだよなあ、僕は。

そんな訳で僕はこの番組での採点基準をすべてブレイク・ルイスにしているのだ。
彼のパフォーマンスのスマートさ、選曲のセンス、アレンジの面白さ、恵まれすぎてはいないルックス、声、体型などの資質、けれど持っている力のすべてを結集させれば人はこんな高見にまで到達することが出来る、という切ないほど愛しいそのタレント性…。
ああ、ブレイククラスの競技者が一人でもいれば歌唱力に優れた今シーズンはもっともっと楽しくなったはずなのに、と僕はブレイクの異能ぶりが懐かしくてならない。

頂上決戦はフレッシュ・クリス、ダディ・ダニー、デイモン・アダムの三つ巴。
サイモンが褒めすぎると悪魔と爽やか、父っつぁんと悪魔の入れ替えが起きると見る。
媚ナシ・アリソンがクリスと逆転のケースはごくわずかだが、まあ、無いとは言えないのが今シーズンの面白いところかも。
この娘は上手い!
どちらにせよ、勝負は大詰めである。

ところで今週の見所は歌唱指導が『Ray/レイ』でアカデミー賞を貰ったジェイミー・フォックスだったこと。
目下、アルバムがビルボードの上位にいる。
芝居の出来る本格的シンガー、いや、歌が歌えてピアノも弾ける本物俳優、なんだが『レイ』はアレで良いとしても『ドリーム・ガールズ』でのルックスのショボさは僕にはつらかった。
金を払いたい要素が全くないルックスだもの。
ところがその後に見たTV『アクターズ・インタビュー』での独白を聞いて僕は泣いていた。
母方の祖母が不幸な彼を預かり歌とダンスの道を歩ませたのだが、それが芸人ジェイミー・フォックスを生み、その一生を変えた。
祖母への感謝を涙を流しながら語る彼にこの俳優を包み支える、まさしく「愛」と呼ぶしかないモノを感じた。
だから彼がアマチュアの彼ら、もうすぐスターへと羽ばたく彼らにつけたレッスンとアドバイスにも愛が溢れていた。
競技者たちの誰にとっても損がないように一人一人に選び抜いた讃辞を贈るオスカー俳優にまた泣いた。
その細かい気配りに。この人は俳優としてだけでなく人間として立派だ。

さて、5人に絞られたのはファッション雑誌『ELLE』のエディター・コンテスト番組『STYLISTA シーズン1』も同様だが、こっちには心を寄せられる人物が誰一人いない。
ひどい言葉で言うと「みんな死ねヨ」。

まあ、(日本の)出版社や編集者の人間模様は知らない訳ではないので選ぶ側にも選ばれる側にも楽しくない人物が揃っていることには目をつぶれる。実際にはもっとヤな人たちも多いからネ。

基本、文字を扱っている業界には、自分をエリートだと思っている人が多いらしく、この自信と偉そうな態度は何? ってヤツによく会う。
まあ、女みたいな人が多くて、業界全部が女だけで出来上がっているような感じだが、モノを書くとか芝居をするとかいうのは両性的な感性が無いと出来ないのかもな。
ただ、これに「ファッション」という要素が加わるとどうしようもない事態になる事が判るのが『STYLISTA』という番組だ。

『プロジェクト・ランウェイ』はまだ作品が見られるから納得が出来る。

だが『AMERICA'S NEXT TOP MODEL』のスーパーモデル選びは辟易とした。
第1シーズンは2003年に放送が始まったらしいのだが、日本での放送は07年。その第2シーズンは今年放送されたが、自分の主張ばかり通そうとして全く協調性がなかったり、他人の裏をかくことばかりに腐心したり、アレは出来ない、これはイヤとビービー泣いてばかりの子がどちらのコンテストにもいるのだね。
その子供っぽさに、テレビを見ながら「だったら応募して来るなよ」「テメエ、さっさと帰れよ」「ヤな女だねぇ」なんて何度口にしたことか。日常生活では一度も言ったことがないのにね。
つまり、見ている者をそこまでイヤな気分に落とし込む番組なんだ。
おまけにファッション誌エディター志望の子たちはエリート意識ばかりか、なんか男も女の子みたいな感性で、陰口ききっぱなし。
女は同じチームのメンバーを陥れるのに必死だし、策略ばかり巡らしてる。
『ELLE』もこんな「人でナシ」な連中ばっかり使ってるのかァ、と思われて得なことは何一つ無いような気がするけど、どうなんだろう?
まあ、雑誌の作り方が現実に見えるので番組的興味は無くはないんだけどサ。
それにしても『プラダを着た悪魔』がそのどうしょうもない世界を割と手際よく描いていたらしいことに気づいてちょっと驚くね。

『クリミナル・マインド』は主役のマンディ・パティンキンがシーズン1回目を限りに降板してちょっとつらい出来。
話は緻密に出来ていてその上質さには変わりがないが事件が凶悪になりすぎている。
現実の社会がそうなんだろうけど、ドラマまでそうさせなくて良いのでは、と僕は時々、目を覆っている。

『コールドケース』。
女刑事リリー・ラッシュの魅力満載のシリーズだがこちらも切なさに拍車がかかりすぎている。
迷宮入りのケースを掘り起こした時、人は隠していた真実と向き合い、第三者だったはずの隣人まで過去の追体験をせざるを得ないケースも。
悲しみの再確認、再燃する憎しみ、掘り返された過去はつらい。
僕はM男にでもなったように毎回、嗚咽をこらえながら見ている。

『ER 第8シーズン』。
このシーズンは病院内の恋愛と人間関係が多すぎてやはり切なかったなぁ。
グリーン先生の脳腫瘍の再発は他人事でない現実が間近にあって正視できない。
前々週の『疑いと嘘』はシチュエーションが僕の大好きな『ブレックファストクラブ』そのまんま。
映像的な動きがほとんど無い室内劇を、見事にまとめていて感心。
ヒットシリーズの底力を随所に感じさせましたが、ルカ・コバッチュ先生はジョージ・クルーニーのダグに代わるセクシー・ポジションは獲得できなかったのね、とうとう。
クロアチア出身というバックグラウンドの重たい設定で登場しちゃったのでダグのような軽いセクシー・ジャブを繰り出せないモノね。
ただ、このキャラクター設定は秀逸だと思うけど。
展開的にはシーズンの終幕が近づいている。

『24 第6シーズン』。
『ER』のロマノ先生がジャック・バウワーの弟で出てくるのがこのシーズン。
ロマノ先生は最近、イヤなヤツでなくなりつつあったけど、他の番組にゲスト・アピアランスする時は相も変わらず極悪人だね。
彼の設定やジェームズ・クロムウェル扮するジャックの父親などこのシーズンの話はあまりに荒唐無稽で、掟破りも行き過ぎている。
特に人物相関図的にね。あっちゃいけないことを展開上、平気でOKにしちゃってる。
前回までの副大統領が善人になって登場しているのもちょっと腑に落ちないが、彼も他の番組ではやはり政治家役が多く、しかもゲスト主役の際はおおむね極悪人。
『ミディアム 4』でもそのキャラが存分に生きているエピソードがある。
第7シーズン、ウーン、どうしよう。
もう見なくてもイイかも。

他にも海外ドラマの新番組が続々登場している。
高校生モノにはあまりハマったことがない僕が珍しく気に入ってしまったのが『ゴシップガール』。
話は他愛ないが明かされていない謎を上手に温存しているのと、主演の男女高校生と男の子の妹、そして父親がどこかキュート。
父親が復活して欲しいバンド第9位にランクされた元ロッカーという設定もなんだか微妙で好きになれる。
主役セリーヌを演じている少女はテレビだけでは収まりきれない魅力があるように思う。ちょっとナリチューか。

ま、一年もここまで来ると『アメリカン・ダンス・アイドル』が今年も我がテレビライフ、待望の最大注目番組だな。
シーズン開幕がこんなに待ち遠しい番組も珍しい。
2年前、テレビの前で毎週『アメリカン・アイドル』のブレイク・ルイスを待ってた時みたいだ。
入院と手術が決まってたあの時と今年では全然違う筈なんだけど、なんか日常生活の飢えを満たしてくれるのはああいう情感豊かな番組なんだな、僕の場合は。
posted by レドンドの風 at 15:09| Comment(2) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

見応え十分な今シーズン

FOX-TV 『アメリカン・アイドル』シーズン8

ファイナリストたちの争いは既に8人から7人へと絞られるところまで来ている。
勿論、今シーズンも地方予選の第1回目から欠かさず見ているんだけど、歌唱力は今回が一番だ。
ルックスも見栄えの良いのが揃った。競技者個々人の物語も悪くない。見応えのあるシーズンと言える。

予選段階では中南米大会から出て来たきれいな、だがすべてに過剰な行動が気になる歌の上手い女の子がいた。
彼女は力強い声を持ち、ルックスも良いのだが限度というものを知らないおかしな子だった。
グループ予選では仲間から孤立し、落とされそうになると泣き叫んで自己主張し、一見、強引にベスト36に食い込んだかに見える子だったが、実力はあった。
ただ、派手な顔立ちに衣装センスの悪さが目につきすぎる上、歌にも時々過剰な装飾を加える傾向があった。
まあ、残れば見た目には楽しいと思ったが、ベスト12に絞られる段階で落選した。
視聴者投票が始まると往生際の悪い彼女が番組の進行を妨げ、自分に投票しなかった視聴者に悪態をつき、いたずらに不快な思いをさせることは目に見えていたからこの選択は番組として正しかったと思う。
それにしても番組の進行にさえ影を落としそうな怪物みたいなアマチュアってのもなかなかいないと思うが…。

ベスト12(今シーズンは「13」)の中には強いキャラが三人いた。
一人は石油掘削作業員のマイケル。
苦労人である。いかにも勝たせてやりたいバックグラウンドを持っている。

二人目は教会の音楽指導員ダニー。
抜群の声量と上手さ。妻を亡くしていた。
マイケルとダニーは「お父っつぁん」キャラがぶつかっていて、一人は早い段階で邪魔になる。

三人目はほぼ盲目のスコット。
汚れたモノを目にしたことがない感じの美しい目と整ったマスク。それだけで既に番組的な存在価値があるが苦労の度合いでマイケルと、共感度ではダニーと拮抗するキャラだった。

となるとどう見ても不利なのはマイケル。
彼はゴツイ。見るからに働く男の無骨さがエンターティンメントに馴染まない部分を持っていた。
勝たせてやりたい、
彼のようなヤツにアメリカン・ドリームを手にして欲しいのだが、これは感動物語の発掘番組ではなく、あくまでもアイドル発掘が目的なのだ。
予想通り、ベスト10進出が決まった途端に落ちた。
それでもベスト10に入ると『アイドル・ツアー』に出演が決まり、この夏、彼は歌手としてステージに立つことが出来る。
アメリカの視聴者は彼に、プロになるにはギリギリだが、それなりの夢を叶えさせてやったことになる。それに上手く行けばプロ歌手への道もないではない。
何故って、この番組の「ベスト24」に入ったことで、CDが出ている連中がかなりいるらしいのだ。
インディーズ・レーベルの、もしかしたら買い取りを義務づけされているデビューなのかもしれない。
でも、選曲家の大江田さんは恒例の中古レコード買い付けに出かけた時、アメリカのある地方のレコード店で『アメリカン・アイドル・ベスト24 進出者』を売りにしたCDを見たという。
昨シーズン9位のマイケル・ジョーンズも既にCDデビューしたから今年のマイケルのデビューも夢ではないかもしれない。

ベスト9で敗退したのは美人のミーガン。
「超」のつく刺青美人姐ちゃんだったが、歌と個性に決め球がなかった。
「子持ちの美人ママ」だけでは売りが弱い。
彼女はサバサバとした性格なので、審査員サイモンの忠告について「ううん。気にしないわ。いちいち気にしていても仕方ない。アタシはアタシだし」という態度を取り続け、実際に「大して気にしない」と言葉にしてしまった。
そこが彼女らしいチャーミングなところなんだけどね。
ところがねちっこいサイモンは頭に来た。彼女を落とした際に「大して気にしないんだろ? 我々も落としたって気にもならんよ」と応酬した。
サイモン、いくら気に入らなくても、敗退して行く競技者には贈るべき言葉のひとつくらいあるだろうヨ。
大人げのないヤツだ。
サイモンのネチネチ度は今シーズン更に増して、なんとその言葉を今週まで引きずった。
「今週は落としたくないヤツを落とさなきゃならない。先週落としたヤツなんか気にもならないけど」だと…。
僕はちょっと辟易とした。

さて、今シーズンは日本版の番組ゲストが週替わりで、先日は「タワーレコード」渋谷店のPOPS/ROCK担当の白神さんという方が出演された。
イヤー、嬉しかったねえ。公の場で「我がブレイク・ルイス」を応援してくれてる人を初めて見たよ。
でも、白神さんの今シーズンの優勝予想は盲目のスコット。
確かにアメリカの視聴者も彼に肩入れしているし、なかなか悪くない素材だとは思うけど、ベスト3にまで駒を進められる力はないんじゃない? というのが僕とアイナプーさんの共通認識だった。

そして、昨日。
ベスト7進出のかかった「自分が生まれた年のヒット曲」という課題でスコットは敗退した。

彼は毎週の課題曲をどんな風に努力して覚えていたんだろうか?
たとえば「自分が生まれた年のヒット曲」ということは彼にとっては未知の曲である。
「何でそんな選曲にしたの? 君の生まれた年には他にもいっぱい自分に合う曲があっただろう?」と審査員はスコットの選曲の悪さを責めるのだが、それはどうだろう?
彼は生まれ年のヒット曲リストを直接目にすることは出来ない。
リストは点字で彼に渡されたのだろうか?判らない。
判らないけど、彼は何曲か聞かされたサンプルの中から直感的に自分がトライできる歌を選ばざるを得なかったと思う。
この番組における彼のハンデはダンス付きオープニング曲に止まらずこうしてさまざまなシーンにさまざまに横たわっていたはずだ。
それは承知でのチャレンジだと思うので彼には覚悟が出来ていたと思うが、それにしてもよくぞここまで頑張ったね、スコット。
そしてアメリカはこの青年によくぞここまでのチャレンジをさせたと思う。
ここで落としてしまったのもまたアメリカという国のシビアさだろうが、僕は彼が地方予選を勝ち抜いた時、夕日の中で女の子といつまでも喜びのダンスを踊り続けていた姿が忘れられない。
僕は敗退を知らされて呆然と立ちすくむ彼の姿に涙を禁じ得なかった。

さて残るはインド系少年アヌープ。
「スヌープ・ドッグ」というヒット歌手にちなんで「アヌープ・ドッグ」と呼ばれているのだが、歌は上手い。上手いがそれ以上のニュアンスをまだ身に纏っていない。

リル・ラウンズ。
顔のちっちゃな黒人少女で美人というのではなく「すべてがキュート」。こんな可愛い顔立ち見たことないという娘なのだが、この子にも「決め」がない。

16歳のアリソン。
素っ気ないくらい媚がないので視聴者には嫌われている。
得票的にいつも下位を徘徊しているのだが、この子の歌の上手さ、声の良さはあまり類型がないと思う。
素人視聴者には判らンだろうけどこの娘を落としてはいけない、と僕は過度の肩入れをしている。

ジャズィーな感覚が玄人好みのピアノマン、マット。
彼の上手さも素人には伝わりにくい。
これからも窮地に立ち続けるだろうが実力はベスト4の一人だ。

アイドル間違いナシの好青年クリス。
歌も顔も良い。
嫌われる要素があまりないのと間違いなく上手いので、「圧倒的」ではないにせよベスト3の一画を占めている。

父ッつぁんキャラのダニー。
穏やかな顔立ちも良いが歌声もふくよかで心地よい。
妻の死という逆境に耐えての、この笑顔にアメリカは全幅の信頼を寄せていると思う。好感度が高い。
しかも何を歌ってもレベル以上に仕上げる実力の持ち主だ。
今のところ落ちる要素が全然ない。
順当ならば頂上決戦にまで駒を進められる逸材だ。
ただ、彼に歌以外の何かをさせたいかどうか?
思いの外、付加価値の少ない、おまけの少なさがこの逸材の唯一の欠点かもしれない。

そして、もう最初からファイナリストが見えていたアダム。
悪魔的な美男で、この「負」の要素を孕んだルックスがどう得票に結びつくかが注目される。
間違いなく上手い。間違いなく美しい。間違いなく強い競技者だ。
だが、サイモンが褒めすぎると視聴者は反投票行動に出るので大ドンデンもあり得る。
それは昨シーズンのデビッド・アーチュレッタとデビッド・クックの逆転でも証明されていたが、一昨年も「オレが贔屓のメリンダ・ドゥーリットルは完全に残るサ」などと宣言したために「番組史上最高」と評された歌姫は3位に沈んだ。
アダムは今、サイモンに褒められすぎている。
サイモンの音楽商売にとって彼が有用だからに他ならないがその見え見えさ加減に視聴者が「NO!」を唱えることが僕は怖い。
なぜならこの青年は僕の好き嫌いはともかく間違いなくスターの素材だから。
僕がこの青年を嫌いだとすれば、ただ一点、その自信だ。
こんな逸材が何故今まで陽の目を見なかったのか?
彼はそれを自身に問うて見なければならないと思う。

シーズン8は完全に男性優位になっていて、実は番組的には華やかさが足りない。
なんせ、16歳のアリソンには「華」が全くない上に、本人に色気もサービス精神もない。
そこがこの子の良さなので、仕方がないのだが、これほど見た目に地味なシーズンだと、実は番組全体の得票数も低いんじゃないか、と心配になってしまう。実際のところはどうなんだろうネ?
ただ、実力勝負の番組だというのならこれがこの番組本来の姿かもしれない。
みんな上手いし、全体的にはキュートな競技者だけが残っている。
僕は割合好きなシーズンなので、このところまた土日が待ち遠しい。
posted by レドンドの風 at 20:47| Comment(3) | TrackBack(0) | TV番組 -アメリカ- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする