2008年05月03日

5月3日 今日のスター

ダリダ〜佐々木信也さんが教えてくれたフランス人歌手

今日はフランスの人気歌手だったダリダの21回目の命日です。
シャンソンでなくカンツォーネ寄りのポップスを得意として、古くは『ラストダンスは私と』、晩年ではアラン・ドロンとのデュエット『あまい囁き』や、岩下志麻さんのカバーが絶品の『18歳の彼』などで日本にもファンの多い人でした。
ただ、彼女の恋人の多くはみずから命を絶ってしまいます。
彼女自身も「許して下さい。人生は辛すぎる」と書き遺して54歳で命を絶ちました。
恋多き人の不倫の果ての哀しい死でした。

★ダリダ Dalida
1933年1月17日〜1987年5月3日没。54歳。
★フランス語、イタリア語、エジプト語、レバノン語、スペイン語、ドイツ語(約30曲!)、英語、そしてなんと、日本語でも吹き込んだ人気者ですが、ほとんど全部がアメリカ、フランス、イタリアン・ポップスのカバー・バージョン。
大スターなのにオリジナル・ヒットがどの曲なのか、ほとんど知られていない人でした。
僕は20年もこの人を聴き、レコードも何枚も持っているのに、いまだにどれが彼女のオリジナルなのか知りません。ライナー・ノーツでもその辺りはほとんど無視。不思議な歌手です。
★1967年のサン・レモ音楽祭で歌った『チャオ・アモーレ・チャオ』が入賞を逸したことから恋人だった年下の作曲家ルイジ・テンコが自殺すると、自分も後追い自殺を試みたり、とエキセントリックな恋ばかりしたようで、別れた男の数が多すぎます。
★別れた男一人一人について調べた方のサイトもありますので探して読んでみて下さい。
好きな人でないと作れない内容の濃さです。
僕は彼女の歌にしか興味がなかったので、バイオグラフィー的には恋人の多さを知っているのですが、一人一人については知りませんでしたので、頷きながら読ませていただきました。
★ダリダを初めて知ったのは高校2〜3年(1961〜2年)のころ。
佐々木信也さん(元・野球選手。当時・野球評論家。顔の良い、声がソフトな誠実な喋り手だった)がやっていた『ソノラマ・ジョッキー』。
朝日ソノラマの、主に『映画音楽』というソノシート付き月刊誌から選曲している異色の番組だった。
当時、朝日ソノラマはフランス・バークレー・レコードと契約していて、その所属歌手にシャルル・アズナブール、ダリダ、ブリジット・バルドー、エディー・コンスタンチーヌなどがいた。
つまり、アズナブールのような大歌手が実は日本ではレコードが出ておらず、1961〜3年くらいにやっとソノシートで日本に紹介され始めたのだった。
アズナブールはすでに映画俳優としても知られていたが、シャンソン通以外でその人の歌声を聞いた日本人はいなかったと思う。
何故ってラジオで流すための、音源そのものがなかったんだもの。
『ソノラマ・ジョッキー』でこの人の声が流れてきた時、「エッ、これがあの『ラインの仮橋』のアズナブールって人の歌なの? ホンモノ?」と本当に震えが来たものでした。
ブリジット・バルドーの主演映画『私生活』の主題歌『シドニー』もバルドー自身の歌でしたが、これも朝日ソノラマの『映画音楽』でしか聞けませんでした。
ソノラマに宮本百合千代さんという制作者がいて、彼がキング・レコードに移籍する時、バークレー・レコードもキングに持って行ってしまったので、やっと、アズナブールもダリダもレコードで発売されるようになったのだと思う。推測でしかないので確信はありませんが、1963〜4年頃のことではなかったか? 
ま、僕が初めて好きになったフランス人歌手ダリダはそんな訳でソノシートの安っぽちい歌い手のはずだったのだが、実は当時、フランスでは人気絶頂の歌手だったのである。
ちなみに植木等/上原ゆかりのデュエットで大評判になった『大人と子供』はフランスで100万枚超えのヒット曲だったが、日本では朝日ソノラマの150円シングルで売られていた。歌ったのは俳優のエディ・コンスタンチーヌと娘のタニア・コンスタンチーヌ。
★そんなことから僕はダリダのシングル『史上最大の作戦』の朝日ソノラマ盤を今でも最高の愛蔵レコードとしています。値段は勿論、当時でも激安の150円。


posted by レドンドの風 at 01:21| Comment(2) | TrackBack(0) | ラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この辺り詳しさは、まさにかぜさんの
真骨頂ですね。
今となってはソノラマシートどころか、
朝日ソノラマ自体がなくなりましたが。
Posted by エゾ三毛猫 at 2008年05月03日 07:05
私はダリダは、店主さまがお書きの岩下志麻さんの「18才の彼」で知りました。岩下盤のシングル盤はもっていますが、オリジナルLPが2000年頃に1度CD化されて今は廃盤で、そのCDはオークションにもまずでてきません。
目下血眼でさがしているCDの1枚です。

あとダリダの歌う「サムソンとデリラ」が日本では昔、JUNのCMに使われましたがこの輸入盤CDはかぜさんのサイトのお仲間のお力添えで数年前に購入できました。とても感謝しています。
Posted by 与太郎 at 2008年05月03日 08:49
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